義母は92歳で、奈良県の王寺に住んでいます。近くに住む義妹達が世話をしていましたが2年程前からは独居生活が難しくなり、現在は近隣の老人ホームでお世話になっています。しかし、今でも頭はシッカリしており、記憶力も抜群です。
我が家から車で1時間弱の、程よい距離に住んでいたので、昔から月に数回、子供達を連れて遊びに行きました。一緒にご飯を食べる程度ですが、行くといつも歓迎してくれました。何度か一緒に旅行にも行きました。元来、口数は少ないほうですがオシャレな人でした。
この40年間ほどは、私が歯科の治療をしており、私の最も長い患者さんでもあります。
50歳代の初診から70歳位までは、Cr&Brで治療をしました。
70歳を過ぎてからは少数歯の部分義歯を装着するようになりました。
体調も不安定になった85歳過ぎてからは、口腔のセルフケア—が極端に悪くなり、アッという間にアチコチの歯が虫歯になりました。昔から麻酔が苦手なもので抜歯が出来ず、残根だらけになってしまいました。
昨年、私と彼女の二人の孫(歯科医師と歯科技工士)が共同で上の部分義歯を作製しました。
当初は孫達が作った義歯を大変喜び、大切に使っていました。
ところが今年になって、残り1本の奥歯が痛くなり、急遽近隣の歯科を受診しました。
その歯には動揺があり、それ以降義歯を装着しなくなりました。
何度か調整に行きましたが、どうしても上手くいきません。
昨日、義母と話をしましたが、悲しそうな顔をして、『入れ歯を入れると気持ち悪い』と
言います。妻は何とか義歯を装着させようと説得しましたが、益々悲しそうになってきたので、私は『そろそろ 入れ歯を卒業しましょうか?』と言いました。
『それでいいよ』と義母は答えました。
40年間もかかりつけ歯科医をしながら、人生の終末期の口腔状況をこのような状況で迎えさせてしまった事に対する後悔と、装着出来る義歯を作れなかった自分の歯科医としての無力さを感じながら帰宅しました。
残りの方が少なくなってきた私の歯科医人生ですが、担当した患者さんが一生健康な口腔で全うできるよう益々努力を重ねたいと思った一日でした。
《藤浪》